ザドキエルの詩-ONE-

この世界には
イーサという力がある
人によってはエーテルと呼ばれる
その力を使いこなすことが出来れば
人と意識は幸せになると信じられている

しかしそれは本当は見えるのに
盲目だと信じて
目を閉じているようなものなのだ
この場所で私トートが
神官として目にした数多くの出来事は
そのほとんどがその意識の開眼
ただ目を開ければいいという
事実であった

私に知恵を授けてくれた
イーサ意識は私に

<言葉を発するとき、
その言葉に根源を宿らせるのか
宿らせないのかを
正確に見極めなさい>

と、意識体であるザドキエルを通じ
常に言っていた

私が言葉を作るきっかけになったのは
この教えが元々の原因となった

意識だけでは
この世界を変えることができない

あと二つ必要なものがある
必要なのは、言葉と空間である
時は形がなく
しかし時が空間を生み出す
この法則を使い
私はエジプトにおいて
言葉を司る神として
存在することになった

真実はいつの時代も
時代が巡っても
同じことを教えてくれる
私たちは何も持っていない
と同時に全てを持っている
という真実

大きな流れの中で
そこに起こる微細な出来事に注意を払い
そこになぜその文字が存在するのか
なぜそこにこの出来事が存在するのか
これらは一切考えてはならない
目の前のことにただ導かれ
観察しながら導きに乗ること
そこに自らの意識を入れずに
自らの感覚で判断しない
そのことに注意を払えば
いずれ分かるようになる

この星で人は
人として認識できる存在として
【人のような形】
である外面と
内面として定義されている
【意識】が明確に分けられている
そして、意識と肉体を包むように
魂が円で覆っている
三者のことを理解するようにと
神官学校ではまず教えられる

霊妙な意識は
学びはじめの存在にとっては
未知なるものであるが、
しかしそこに憧れもある
私が最高神官となる過程も
全ての従者にとってのそれと同じだった

私がザドキエルを師として仰いだ時
私の今回の肉体周期においては
360年が経過していた
精神は25000年
魂は始まりがわからない
私の意識が追える時を
はるかに凌ぐ時の経過だった

あらゆる場所に存在する魂は
私と私以外を分けるものではなく
全てが統一されているものである
魂から分離した精神は
幾度となく肉体を移り変わりながら
新しい肉体に宿ることを目的に
あらゆる時に充満することを
覚えるようになった

ザドキエルはいつも
クリスタル・サークルと呼ばれる
円柱の塔最上階にいた

私を含め神官となることを願う
意識体はその場所に行き
ザドキエルに会えるかどうかの
二極を試されていた

ある時、ザドキエルに会いに
塔を登った私の友人は
ザドキエルの存在のみ感じ
その肉体を見いだすことができずに
戻ってきた

そこで、私も
今この瞬間にザドキエルに会うことを
目的として、塔を登り始めた

塔は七階層に分かれており
その最上階に行くまで
通常の肉体時間で換算すると
太陽暦で三日ほどかかる
途中、日の出と日の入りを
全て観ることのできた私は
運がいいのだと感じた

塔は常に風が吹いていた
上の階層に行けば行くほど
その風は強くなり
私が飛ばされて
下界に落ちてしまうのではないか
との恐怖を覚えた

三日目、私が最上階に着いた時
そこにザドキエルは存在せず
ただ、イーサ意識を感じたが

ザドキエルの肉体を
認識する事はできなかった
そこで私はイーサ意識に
そのまま語りかけることに挑戦した
そこに私が知っている
言葉を使う必要はなかった

イーサ意識は即座に
私の意識に入ってきた

意識を意識だと定義する際
そこには第三者意識が不可欠となる
意識は単体で現れる事はない
意識が単体で現れる時
それは【在る】状態として存在する
その在る状態を人は、神で在るとか
愛で在ると言葉を当てはめるのだ
まだ言葉が存在しないとき
人の意識は神や愛を
分けることができなかった
分ける言葉が存在しないので
分けることができなかった

私は念じた

私が、次の周期に行けるように

私は未熟であったため
私の念が即座にイーサ意識に
通じるのだと錯覚していた
意識が入ってくるのと
意識を送るのには
意識とは別の

【心】という名の

肉体に依存する存在を
受け入れる必要がある
私にはまだそのことを知る
タイミングではなかった

私の意識を
あなたの言葉で
書き留めるように

イーサ意識が再び
私の中に入ってきたので
私はその場に平伏しながら
エメラルド石を薄く伸ばし
板状にし、その上に手を当てた

**

全てが繋がっている

この言葉の側面は

あらゆるこれまでのことが

今に繋がっており

これからのことにも

繋がっていることの証である

それをつなぎとめるイーサを

兆しと呼ぶ

私の意識はイーサであり

全てをつなぎとめる兆しである

前兆とは

全ての事象

全ての未来における

兆しの

連続性である

意識体が望んだ事は

その電磁的性質の通りに

伝搬していき

物事の根源を貫く

繋がれた根源から

派生した一つの現象を

目で確認できる現実

と呼んでいる

神官の道は

この目に見えるものと

目に見えないものを

つなぐものである

**

イーサ意識から
流れ込んでくるものを
言葉に変換して
私はタブレットに
刻み込んだ

感謝から時系列を取り去る

見えない世界のことを話す人がいる

見える世界のことだけを信じている人がいる

そのどちらがなんなのか については

どちらでもいいと思っている

魂 あってもいいし なくてもいい

過去生 あってもいいし 知らなくてもいい

知ったところで 何も変わらない

いや 問答的に書くと

変わり続ける中で 変わらないことも

変わり続けるという事象の 一側面である

不思議な現象 見えない世界

あるかどうか聞かれたら あると答える

その人の思考は見えない世界 だけど

その人の 体型 行動 表情 については

見える世界の話だ

見える世界と見えない世界は 補完しながら

世界全体を覆い尽くしている

言葉は エネルギーの交換としては

もっとも伝わりやすく

伝播性も浸透性もある

感謝を乱発する思考

都市で人にぶつかり感情の乱れとして

出る行動

そこに統一性を持たせる事は

不可能だ

全ての事象や現象や潜象は

統一性の中にある多様性を

表現しているにすぎない

であるから 私は誰であるのかを

ひたすら追い求めても それは

光の階層に真実を見出すのと同様に

あまり意味を成さない

何かが起こると 皆が 自らの健全性と

社会適合者の証明を声高に叫び

美辞麗句で埋め尽くされた壁が出現する

あの時 これをしてくれた から

といって 今も永遠に感謝する事は不可能だ

それは時を冒瀆しているようなものだ

過去の出来事を毎秒思い出して

今この瞬間に感謝し続ける事も不可能だ

全ては円環であり 角度の違いである

時の流れは直線的ではない

過去から来るものでも 未来から来るものでもない

円空として在り続ける

感謝という言葉は今 世界から取り残されている

感謝から時系列を外すことができてこそ

感謝の本当の意味を理解する

はずである と 私は言いたい

多様性と統一性

エジプト哲学を研究して行く中で、エジプトの古文から読み取れることがあります。

それは、1つの精神とも言えます。

「多様性の中にある統一性と、統一性の中にある多様性」

です。

私たちは、統一というものを目指して、皆が1つの目標のもとに集い協力し一致団結して物事を進めて行きます。

とても崇高な想いである事に疑う余地はありません。

しかしながら、物事を推し進める中で皆が1つの指標の元に5段階に分類され、富と人間性という二元性の中で生きなければならないという強迫観念にも似た集合意識が生み出されました。

時代は巡ります。

私たちは本来、人間の持つ多様性とその中にある統一性を見いだすことができます。時代はゆっくりと、「多様性の中にある統一性を認める」生き方にシフトしているのではないでしょうか。

多様性こそが「豊かさ」であり、多様性が新しいイノベーションを巻き起こす。私はそう考えます。

周りを見渡してください。

社会では、たくさんの意見を求めていながら、それは前もって、ある程度の人たちのなかで決定されている。このようなケースが多く観られます。

それでいて「私たちはたくさんの意見を吸い上げる」と声高に叫ばれても私には滑稽に映るのです。

誰かより優れていることがそんなに快感なのでしょうか。

他の誰よりも何かを知っているということは「真」の意味で優劣の判断材料となるのでしょうか。

「知らない」でいいのではないでしょうか。

「無知」を蔑むことで「有識」の価値が上がるのでしょうか。

全てに浸透している、「生きるエネルギー」

それは肉体と心の両面に存在しています。

三次元も五次元も同次元です。

物質主義・精神主義は「主義」という「統一体」の2つの側面です。

よく船の例えで、船長は行く方向を決める。皆が行く方向を決めていては目的地に進まない。役割分担が必要だと言われます。しかし、本当の意味でそれはリーダーシップを表現しているでしょうか。

フラット化する社会と言われ、しばらくたちますが、社会はまだ明確なリーダーを求めているように感じます。

真の意味での多様化する社会。それは統一性と多様性が同時に存在していて双方のアプローチで成り立つものであると信じています。

個々の能力が集まることの力強さ。全体は個々の集合であることの再認識。

その、個々が多様性を発揮する。

抽象的な表現ですが、この思想はテクノロジー業界では徐々に浸透しているように思います。

ある本を読んでいて、すごく素敵な表現を見つけました。

時代は、懐かしい未来へ進んでいる

過去に戻ることは出来ません。しかしながら、私たちのDNAに刻まれた記憶はどこか懐かしくそれでいて新しい時代を求めていて、今、それが全体無意識として刻を進めているように感じます。