無用の価値判断についての省察

自然の理から学ぶ事は多い

意味のない事 と人は時に口走るが

その価値判断はどこからくるものか

心が生み出した 価値判断は

自然の理に 沿っているものだろうか

私に自信がないと 云う人が居る

その価値判断は

自然の理に 沿っているものだろうか

無用かどうかを なぜ私たちが

判断しているのだろうか

あなたの価値を なぜ

わたしやあなたがしなければならないのか

人の価値は

全て「天」「地」「血」が

知っている

それ以外のこと 意味 価値について

人の意識で あまり考えなくて良い

失われたと思うものが、私が欲しいもの

怒りを抑えることで、怒りをコントロールできたと思い込む。しかしそれは、何かのエネルギーに変換されなければ、どこかでコントロールを失ってしまう。

もはや自分の気持ちはどこかに行ってしまったと思う心の中には、探し求めている自分の気持ちを目の前にして逃げたいという衝動が隠れている。

失うことに慣れた私たちは、極限の状態で、取得と放出を繰り返していることに気付いてはいるものの、何も手に入れていないと嘆き続ける。そして、ある日全てを手に入れていることに気がつく。

人生とは借り物競走であり、今と昔と未来について考えている中で、握りしめた紐の片割れがすべてとつながっていることに気づく。

これは詩です。

そして私たちは、この一行があることで、内容の統合を破棄し、言葉のままを受け入れるようになる。空間と静寂を理解している人が、空間と静寂という言葉を乱発することはない。

これは、物語です。

私たちは、どこかで自分の人生とは別のしあわせな人生があると信じて生きているが、それと、夢を追いかけている人や、人生に答えがあると信じている人との総和は、いつも等しい。

何もないところに、色を塗ろう。私たちの人生を無機質なモノクロームで、色を奏でよう。私はいつでもここにいる。そして、これからもここに存在し続ける。何も考えないこと。

私たちが思う人生で求めているものは。
ここにある。そこにもある。
求めないところにもあり、求めているものにもある。
同じ形を纏わないことが、答えだとして。

答えとともに並走していることに早く気付くべきだ。

失われたものを追いかけるのは良いことだ。
しかし、失われたものはこたえのなかにある。
答えを探す営みの中に、問いと答えがあるとして、思い悩む意味がどこにあるだろうか。

私は。あなたを混乱させる。
そして、混乱させられていることを知ることで、あなたはこの文章を読み直す。

行間に、答えを忍ばせているとしたら。

4度ほど読めば、分かるだろうか?

探してみてほしい。
答えに捉われているあなたが答え合わせを離れた瞬間に訪れる静寂について。

染井碧

詩:気づきの意味

あなたがもし 何かに疲れているとしたら
それは 間違いなく
自分と自分以外の人との関係のことです
あなたの持つ能力に
起因しているものではありません

あなたがもし 何かに怯えているとしたら
それは 間違いなく
あなたが 自分自身に対して感じているものです

あなたがもし パワーがなくなっていると
感じているとしたら
それは 自分のエネルギーを
自分が大きく消費しているためです

才能がないと嘆いているのは
誰かと比較しているためです

仕事に対して不満を抱いているのは
自分への過信です

お金がないと嘆いているのは
自分に対しての嘆きであり
お金は無関係です

一人が楽なんです
とつぶやくのは 片方への傾倒です

人といると疲れる
とつぶやくのも 片方への傾倒です

一人で楽なのも正しく
人といると疲れるのも正しい

人間の気力を左右するのが
ある程度大きく分けると

3つしかないとしたらおそらく
この世界は悲劇です

ビジネスを教える書籍も
精神世界を教える書籍も
宗教書も哲学書も
行き着くところは
幸せになりた個の実現なのです

疲れていると自覚していても
自覚していなくとも
どの領域にいても
どのオーラを放っていても
何も関係なく

全てが包まれた世界に
身を置いていることに
気づいてしまえばいいのです