ドーナツの穴はどこにある?

私たちは、加点法と減点法という2種類の考え方を使い分けています。加点法とは、この人はこんなにいいところがあるんだな。という考え方。減点法とは、この人こんなところが嫌だなという考え方です。

同じ人をみていて、その判断基準は自分にありますから、あくまでのその方に対して、加点をしていくのか、減点をしていくのかは自分の選択なんですね。

これって、実は他者に使う前に、自分自身に使わなければならないのです。

自分の幸せ認知バロメーターが100になり、101以降のカウントは人に提供可能です。しかしながら、100に満ちていない方が何かを提供しようとすると、どうなるでしょうか?もちろん、共倒れです。

さて、一瞬でこの幸福感をマックスにあげる方法があります。

それは、笑うことです。

だから、笑えない状況なんですよ。という心の声をキャッチ致しましたのでお答えしましょう。笑えない状況でも笑いなさい。とは書いてありませんね。すでに自分の中で思考が変換しています。意識して笑おうとしています。

もう一度お伝えします。一瞬で幸福感をマックスにあげる方法は、笑うこと。

笑うこと。これを意識せずにできる方法は、習慣にすることです。

これは実験すれば誰もが体感できることなので、今度誰かと試して頂きたいのですが、人間は、絶対にじゃんけんに勝つようプログラムされています。ここでいうプログラムとは、習慣のことです。後出しで、勝つ。後出しで、負ける。これをやってみると見事に負ける時に脳の混乱を体験できます。

さて、笑うことを習慣にした後に行うことは。

ないものとあるものです。

タイトルのドーナツの穴は存在しないというのは、ドーナツがあってはじめてその空間はドーナツの穴として存在が可能であるという考え方です。

私たちは幸せを追い求めていますが、それはドーナツが手元にない中でドーナツの穴を探すようなものに似ています。

ドーナツの穴は、ドーナツの存在と共に現れますが、ドーナツがなければただの空間です。ドーナツの穴になり得る可能性は無限大です。今目の前にある空間にも、ドーナツの穴は存在しているはずです。ただ、ドーナツがなければ、ドーナツの穴も存在できない。

これは、幸せの認知にも近しい物語ですが、目の前にある幸せを気づくとか気づかないの前に、ずっとそこに存在していて、決めることで現れるものがある。

ちょっと、どんどん話が難しくなってますね。

伝えたいことの中身は、次回のラジオ「選択と集中2部」でお伝えできるかと思いますのでお楽しみに。

<追伸>

いよいよ、「縁’s&碧’s」のまなび舎を開始しようと思います。

通常、周りで悩んでいる方へお伝えくださいという流れかと思いますが

私たちは、悩んでいる方をなんとかしようと思って活動しているわけではありません。

もっと幸せになってほしい人に寄り添いたいと思っています。

ですから、そのような方が思い浮かばれた方は、ぜひ下記までご連絡ください。

mailアットマークsomeihekiru.com

もしくは、Facebookで、「染井碧」を検索していただき、メッセージをください。

相談にこられる場合は、@亀戸です。必ずハンカチかタオルをご持参ください。

相談される場合は、必ず手元にハンカチかタオルをご持参ください。

それでは

 

染井碧

できない自分に嫌気がさす場合。

相談:わかってはいるけど、人の前で何も言えなくなる

世の中に出ている書籍で反応すると思われるキーワード:そのまま/ありのままの自分。大切なのは自分の感情。

ありのままの自分に戻らなくてはいけないという強迫観念を感じました。あなたが望んでいることが、人に合わせることだとしたら、その望みは達成されていると言えます。

人に合わせることが嫌だと思いたいとしたら、その望みは達成されていると言えます。

よく、あなたは本当はどうしたいのか。という質問をするワークがありますが、それだと、本当の自分がどうしたいのか探す。ということで、自分に負荷をかけることになりますので、うまくいきません。

本当の自分や、自分が本当にしたいことや望む姿は、トトロで言うところのまっくろくろすけですので、意識してみようとすればするほど、隠れて見えなくなってしまいます。

この探すという行為。いつから主になったのでしょうね。まるで、今の私は不完全で、見失ってしまったので、もう一度取り戻そうとする。

と考えた誰かが思いました。

あなたは変わらなくてもいい。そのままのあなたで完璧な存在だと。

そして、自我との戦に突入してしまいます。そのままの私が完璧だったとしたら、なぜこんなにも今の私に嫌気がさすのだろうと。

なので、一つ想像してみてください。

あなたは、真っ暗な部屋の中にいます。

何かを探していますか?それは何ですか?

光ですね。

まさかここで、私を探す人はいませんね。

しかし、この世界の論調では、光を探す前に、私を探そうとさせます。

私は真っ暗闇の中でも、ここにいますね。

探す必要なんてないのです。

あなたは、暗い部屋でまずは光を探す。

目的と手段が一番大切なのです。

私を探す必要はありません。生まれたときからずっとここにいるのですから。

本当の私を見失うことは、いままでもこれからもなかった。

 

で、話を戻しましょうか。

「人前で話せなくなります」

話せなくなるなら、話さなければいいのです。

「それじゃ、ダメなのです。仕事になりません」

仕事にならないでいいのですよ。

「それでは、給料が上がりません」

給料があがらなくていいのですよ。

「でも、楽しむためには給料がないとだめですよね?」

人前で話さなくても、給料がもらえる仕事、ありますよ?

という会話をひとしきり行った後に、分離の感覚を伝えます。

私が、本当の私と分離している感覚。

したい私と、できない私が分離している感覚。

誰かの期待と、自分の期待が分離している感覚。

望みと、現実が分離している感覚。

そして最後。

分離していると気づき、分離していない状態に戻りたいと願い

分離している状態と、分離していない状態に、分離する感覚。

次回にしてもいいですが、答え合わせのようなことをしますね。

・・・

私と、本当の私は、分離しておらず、一つです。

したい私と、出来ない私は分離しておらず、一つです。

誰かの期待と、自分の期待は分離しておらず、一つです。

望みと、現実は分離しておらず、一つです。

分離している状態と、分離していない状態は、一つです。

 

とここまで話していくと、相談者は混乱の境地に至ってしまいますが

ここで、最後の質問で締めです。

「話すのが苦手と言いながら、携帯を手放せないのはなぜ?」

繋がりです。それも自分にとって、最高ランクの繋がりを求めています。

 

相談への回答

話すのが苦手なのではなく、相手からの評価を極度に恐れているだけ。
相手の評価で自分の評価を変えるあなたが、話せない状態を作り出しているだけ。
人から指摘されることで、自分のプライドが傷つくことを許せないだけ。

ということです。

 

染井碧