かがみの前に立つと

こんばんは。染井碧です。

私たちは、理解しないとダメな生物ですね。
理解できない状況では、どんなにすばらしい言葉だと分かっていてもなんとなくひっかかっていますよね。

私も、ずいぶんとたくさんの書物を読みましたので、頭の中にたくさんの言葉たちが埋められていきました。そして、その埋められた言葉が、私の人生を照らしてくれると信じておりました。理解しよう、理解したい。この世界の答えを教えてください。とね。

しかし、本当はまったく逆だったのです。
このように申しますと、勉強しなくてもいいとか書物など頼ってはいけないと思ってしまわれがちですが、そういうことでもありません。理解しなくてもいいですということです。

これ、言語化がとても難しいのですが、お伝えしますね。

理解しなくても、真実として存在していることを二つ。

①この世界は、自分の内面が現実化している。

②この世界は、必要なものがすべて、最適なタイミングで与えられている。

知識とは、私たちが言葉を覚えてから得ることができるものですので、後天的です。どのように学ぶのかはここでは含みません。私たちが言葉を知れば知るほど、賢くなっているのは確かです。でもそれは一定の条件が満たされた場合の賢さであると思われませんか?そして、同時に何かを忘れているような気がするのです。

そして、言葉を知らなくても、表現できるのが、感情ですね。
これは、いろいろな書物にて語られていることですので、割愛します。
いい気持ちになれば、引き寄せる。というフレーズ見たことありませんか?

これは、間違いだと私は個人的に思っています。個人の価値観ですので、気分を害されたらすみません。。。
私が、心穏やかになったのは、前述の②つを心の底から信じようと決意してからでした。

どんな本を読んでも、誰に会っても、勉強会に出ても、釈然としなかったこと。

理解できないというか、理解したくないと言った方がいいのか・・・。それがこちらです。もう一度言いますね。

==
この世界は

自分の内面が

現実化している
==

 

これは信じられないとか、理解できないというレベルを超えて、本当です。

アドラーという方は、そこにメリットという言葉を付け加えて、嫌な状況でも、そこに本当に自分が求めていることがあるからその位置にとどまっているというニュアンスのことを伝えていましたが、それは理解してほしいからではないかなと思います。

①だけを放つと、絶対に理解されないことを知っているから。

鏡の前にたって、ピースサインを作ってください。

鏡の前の存在は、どうなるでしょう。

言語化は難しいので、ここまでの言葉でイメージしてみてください。

 

さて、①が辛い(本当は辛くはありませんが)真実だとしたら、 ②の真実は希望です。

暗いからスイッチを入れて部屋を明るくする。くらいの日常の一コマレベルで考えてみてください。

ゆっくりと噛み締めて、味わってください。

==
この世界は

必要なものがすべて

最適なタイミングで

与えられる
==

 

理解できなくて、脳が拒絶したとしても、大丈夫です。

本当は、①も②も、あなたは知っているはずですから。

染井碧

プランB

こんばんは、染井碧です。

これを言ったら、どう思われるか。が怖くて何も言えない。
大きな嘘はついていないが、自分に対して、小さな嘘ばかりついている。
周りの人に合わせていくうちに、自分のことが分からなくなってしまった。

幸せになりたいと思っているのに、自分を大切にしなければ
周りを幸せにすることはできない。と言われ、周りのことを大切に思うばかりに、卵が先か鶏が先かということを考えていて、前に進めそうにない。

こんなことはありませんか?

そんな皆さんにプランBのご提案です。

自分を偽ることではありません。人生にプランBを設定すると気持ちがほんの少しだけ楽になります。

プランBとは。

例えば、今日のお昼は何を食べましたか?
ラーメンにしようか、定職にしようか、イタリアンにしようか。
3つの選択肢がありましたか?それとも選択肢などなく、ステーキに一直線でしたか?

なんでも大丈夫です。その選ばれた現実以外は、選ばれていないだけで選ぼうとした可能性があったものたちです。

昼食の選択で、人生は変わらない。と思われているかもしれません。しかしながら、人間はある説によると、1日9000回選択をしていると言われています。

すこし算数にお付き合いください。

ということは、一カ月30日だとして、30×9000=270000回。
1年で324万回の選択。30年生きている方は、9720万回の選択をして生きてきたということになりますね。

ということは、今、あなたの人生は、30年生きてきたと仮定して、すごい選択肢の中から選んできた人生であるということですね。ですから、今の現実を悔やんでいたとしたら、たぶん別の選択をしていたとしても、悔やまなければならないと思います。

話を戻しますと、プランBはこの選択肢をさもあったかのような人生として保存するということです。

嘘ばかりついて本音を出せない皆様は、どうか、本音を本チャンネル(もともとの人生)で出せなくてもいいので、本音があるということだけを認めて、「プランBノート」を1冊買い、それに書き込んでみてください。

しばらくすると、自分と別の冷静な自分が、現れてきます。期間は人それぞれです。

本日、定職を食べられた皆様。どなたと行かれましたか?隣にはどなたがいらっしゃいましたか?何を話されていましたか?お昼そのお店に行かれたのは、何時から何時までですか?メニューは何を選ばれましたか?何と迷われましたか?思い出したら書き込んでください。そしてその隣に、もう一つの選択を書いてみましょう。

ヒレカツ定食 ⇔ ロースカツ定食
上司 ⇔ 同僚
サラリーマン ⇔ OL
12時半 ⇔ 13時半

これができましたら、次は、人間関係にあてはめましょう。
人間関係で、これができたら苦労はしないよ。ということを、プランBノートに書いてみてください。

つぎからつぎに追い立てられる ⇔ 自分のペース
それできません、が言えない ⇔ 無理ですと言ってみる

例えば、で書かせていただきました。

人生って意外と頭の中で考えるより、シンプルですよね。
とくに、紙に書いたり文字に起こすと余計にシンプルを感じてしまいます。

ぜひ試してみてください。驚くほどすっきりとしますので。

それでは。

染井碧

何者であるのか

私は、海の上を歩いている。
海はかすかに波打っているがほぼ静寂に等しく、水の中に入りたいと思えば、板のように固いその海面をくぐり、水の中に入ることができる。

右足をそっと前に出すと、それまで接地していた足の裏が水の感覚を無くし、代わりに水滴がぽたぽたと足の裏を流れて下に落ちていく。

私が何者であるのか、そのことについて考えてしまうと、途端に私の意識とは無関係に、私の両足は水の中にゆっくりと沈んでいってしまう。

私の体が海面よりも上にあるということは私の意識は表に立っているということを表しており、私身体が完全に水の中に浸ってしまうということは、私の意識が裏に隠れてしまっているということを表している。

と、神様は私に説明をしてくれた。

では、なぜ私は意識的にも無意識的にも海面に入ったり出たりすることができるのかと、私は神に聞いたことがある。その時の神の答えはシンプルだった。

「海面の上と下を、移動するということが、意識的、無意識的だと分けているからだ」

全く意味が分からなかったが、私は結局のところどちらでもいいということだと結論付けた。神は、いつなんどきでも私の声を聴いてくれるとは限らない。