心・身体・人間の全部

心が全てを決めているのは確かでしょう。

全ての現実は、自分が選択して決断したことなのですから。

しかし、意識が整っていれば身体を無視していい訳ではありません。

最近の風潮は、宇宙を信じなければ何もうまくいかないと感じます。もし本当に宇宙の力で全てが整うとしたら、それを知らない人々は苦しみながらこの世界を生きていかなくてはならないのでしょうか?

何かを知らなければ幸せになれない世界だとしたら、文明人は全て幸せになっており、文明が発展していないところは不幸のままということになりはしないでしょうか。

幸せになるために必要な何か。それは、教えてもらう必要はなく、もともと生まれた時から備わっていると思うわけです。それなのに、これを知らなければ幸せになれないとか、今幸せではないのは、こうなっていないからだというのは、大きな枠でいうと宗教と同じなのです。

幸せというのはそういうことではない。月が半分だったとしても、宇宙が新たなステージに入ったとしても、それが直接人の幸せに関係しているはずがありません。

太陽が東から昇り、西に沈むというのも、その本当の意味を私たちは知っているわけではありませんし、知ったところで何も変わらないはずです。

それなのに、なぜ最近は、なんとかステージに入りました。とか、新しい周期に入りましたということをまるで私たちの人生に直接関係しているような書き方が多いのでしょう。

今日は雨ですね。というくらいの自然現象を神秘のことにして、私たちが生きているこの現実世界を放棄していいはずがありません。

現実世界でうまくいっていない理由を探し求めても、それを解決することが私たちの幸せに直接関係するはずがありません。

私たちは今、心から一旦離れ、体に戻る必要があると思うのです。

うまくいかない理由を知りたいのなら、今自分が行なっていること、今自分が考えていることをしっかりと目の前に並べて、改善をしなければなりません。

そして、その先に得たい未来があるはずです。目の前の嫌なことを嫌だと感じて投げ出したら、それで終わり。越えるべきことはこれからもたくさん出てくるでしょう。しかしそれは全ては私たちが生きているから感じることのできる素晴らしい出来事のはずです。

何もかもが繋がっている。これは本当だと思います。宇宙が大きな意図を持って流れを作っているのかもしれません。しかし、私たちは生きる生命体です。生きる生命体の連鎖の中で私たちは生まれ、死んでいく。

前世も来世も存在していますが、カルマや来世で私たちの今が脅かされることがあっていいのでしょうか?私たちは、今生きているこの世界で呼吸しています。

私たちが呼吸を止めてしまったら、意識も心も全てが停止してしまうのです。

生きているということはそれほどまでに神秘的なことだと思います。

ここまで飽和した精神世界は、瓦解したほうがいい。そしてもう一度体に戻って欲しい。

ここまで文明が発展した私たちは、体の仕組みを活用するという意味では、世界中で未だに文明が発展していない民族に負けていると思います。

 

放たれたボールの行方

力をかけて、上昇したもの(させられたもの)は、いずれ落ちてしまいます。それが他者によるものでも、自発的なものでも。まるで放たれたボールが放物線を描いていずれはどこかに落ちてしまうように。

ですから、「自分は上り調子だ」という言葉は気をつけなければなりません。それがロケットのように何かのパワーで進んでる場合は特に。それよりも、最近この物語でよく出てくるエネルギールームを変えるよう努力をしなければならないと思うわけです。階層のような。4Fが怒りの階層なら5Fの許しの階層へ。その後6Fの平静さという階層へというように。

次に、エネルギールームの共有。エネルギールームは自分一人だけのもので、扉を開けて違うルームに行ったり、違う階層に行ったりする。ここまでを覚えたら、次に、他者をそのルームに招くという発想がとても大切になってきます。

自分では流せない涙も他者を通じて流れることで自然に自分の詰まった「共感覚」の塊を流すことができるからです。

事実として、人は一人では何もできません。だから人に頼り、人にもたらされた気づきから自分の成長や、反省に繋げることができます。しかし、人からもたらされるものはたくさんのカテゴリがあります。人が大切だと伝えていても、人により傷ついていることあると思います。

繋がり、離れ、また別のものに繋がる。脳の記憶プロセスと同じように、人の関係も太くなったり細くなったり、無くなったり元に戻ったりするわけです。

ただ。

人間関係をスタートするということは、同時にゴールを見ているのです。見ているというより、ゴールがどんな結末であれ、ゴールがあることを私たちは知っています。放たれたボールは、現物理法則の世界では、どこかに着地します。それなのに、私たちはその着地が自分より始まったことを忘れ、人の所為、出来事の所為、環境の所為にするのです。

残酷なことを言うようですが、全てはあなたが生まれたことによる副産物。全て。宇宙がなんであるかとか、前世からの転生とか全て。あなたが生まれたから生じたことです。

生きていく中で起こる様々なことは、その出来事の大小や善悪のさじ加減まで、あなたによって表現されています。

もうあなたの人生は、投げられていますよね。その放物線が描く先は、もう決まっています。これは運命論ではなく、物理の法則なのですから。

 

生きる強弱と自信の上下

碧です。

やってまいりました。6月4日。

明日6月5日から、起こることを箇条書きにしておきます。

・テレパシーが相互受信可能となります。元々は、無線(波動?)でやりとりをしていた人のコミュニケーション。いつしかコードで繋がれていましたが。元に戻ります。

・願ったことが叶わなくなります。言い方がストレートなので、もう少し柔らかくしますと、今いる場所で願っても叶いませんので、場所を変えてください。昨日のストーリーで書いたように、場所を変えるだけで、大丈夫です。もっとイメージできるように、一例を。雨が止むことを願うのではなく、雨が当たらない場所に移動する。雨が止むことの本当の願いは、雨に濡れたくないからです。
複数の部屋がある人生を想像して、今いる場所から出て、別の場所に移動しましょう。

・全員が癒しの力を習得します。施術者1対、癒しを求める複数という構図ではなく、1対1の癒しが至る所で起こるようになります。

・全ての言葉の意味が、2つに分かれます。

・パラレルワールドが本格的に視える形で、稼働します。

・強く生きる必要がなくなります。

・ここ最近、妙なことが起こっている人、特に体の不調不良、怪我などが起こっている方は、注意深く自分を含め身の回りを見渡してください。反面とても落ち着いた気持ちがあるはずです。

それでは、楽しい夜を。