人間

人間は、基本的には頭が悪い。賢くはない。

これが真実だ。

私を論破したいと願う人はいろんなことを訳知り顔で言うが、そのほとんどは観念でしかない。

彼ら、彼女らに対する私の回答はこうだ。「本当に、そうなの?」

観念を真実だと顔を真っ赤にして大声を張り上げる人間には基本的に失笑だが、何も興味がないと現実世界に背を向け、宇宙のエネルギーだか魂の鼓動だか知らないけれど現実世界を全否定する精神世界の住人にも辟易する。

何か新しいことが実行されるたびに、私たちは難しいことはわからないと言う老人。

でも同じ歳の人間が、その難しいことを使いこなしている真実に目を向ければ、年齢は関係なく、好奇心が人間の生命力とつながっていることを知ることができる。

歳のせいにしている時点で、その人間は、歳の呪縛を断ち切ることはできない。

宇宙の法則を知らない幼子が1番幸福を知っている。

知識ばかり増えた人間が、こう言うのだ。

幸せとは何か?

と。

知識ばかり増やし、この世界の否定的な側面を取り上げ、私はこの世の真実を知っていると言う人間のことを恥ずかしい人間だと私は思う。ただ、これは私の観念であり、真実ではない。だからこの思考に反論する人は私の世界に勝手に足を踏み入れた人間ということである。

お前は間違っている。と言うのは勝手だが、その間違いを真実だと証明できる術を持っているのか? と私は聞く。

世界が変わった。

この世界は違うフェーズに突入した。

だからなんだ。

普通の人が、知らないことが秘密裏に起こっている?

だからなんだ。

この世界の情報や知識が、自分の幸せと直結しているなんて思わない方がいい。

この世界を牛耳っている「検索窓」は、私たちの知りたいを満たしてくれるかもしれないが、人の幸福の真実については何も知らないのだから。

探すな。

知っていることを思い出すことだ。

嘘をつかない。

2019.12.31

早いのか遅いのか、それは不明ですが、今年も終わりを告げようとしています。
年末年始、それはあくまでも誰かが決めた決め事による区切りですので、本来は私たち人間には何の影響力もないのですが、人は何かを区切ることでしか自分の肉体と精神を癒すことができないと思っているため、この世界の大多数の人にとってはそれでもいいのでしょうね。

今年年末のストーリーは。
タイトルの通りです。

私たちは基本的に、嘘つきです。
嘘はよくないと散々聞かされて育っている割には、自分の気持ち、自分の肉体、精神、魂(あるとすれば)、イーサ(あるとすれば)それぞれに多数の嘘を重ねています。

例を挙げていきましょう。

・嫌なのに、「嫌ではない」と言ってしまうこと。
・本心では怒っているのに、平和を装い笑顔を振舞うこと。
・全く望んでいないのに、環境を選んでいるように装う。
・食べなくてはならないという情報や、自分が得た健康情報によって、自らの肉体に取り入れる食物を選ぶ。
・痩せたいとは思っていないのに、言葉の絡繰で「痩せたい」とか「太った」と言う。

嘘をついてもつかなくても、人生は続いていきます。
なぜなら、私たちの中には、言葉では説明することのできない生命力があるからです。
神に祈りを捧げる人が多数いますし、神を信じない人もいるでしょう。

どちらにしてもアクセス方法が違うだけで、私たちは人間を遥かに超えた”それ”(存在なのか意識なのか)を目指しているのです。それだけはすべての人が嘘をつくことができないようになっています。

自分の中で作り上げた観念が、自分の人生を作っているように錯覚している人が多いですが、本当はそのようなものはどうでもいいのです。

自分とは合わない人を無理やりつなぎとめてしまう動機はなんでしょう。
何か文句を言われて言い返したいと思う動機はなんでしょう。

”本当に大切なのは自分であり、他人ではない”

と聞いてなんとなく冷たいなと思ってしまう、あなたのその感情の動きはどこから来たものでしょう。

神羅万象は嘘をつくことはありません。
人間は嘘つきです。
食べなくてもいいものばかり食べ、飲まなくてもいいものばかりを飲み、負の感情を吐き出し続け、生命力を削る日々。

”本当の自分”探しをする時間があるのでしたら、周りの人を大切にするよりも自分を大切にしていきましょう。

周りに冷たいと思われようと、無関係です。
周りの適当な発言や態度は、あなたの感情を動かすことはあっても、あなたの人生には責任を負いません。

あなたの人生に責任を負うのは、あなた自身です。


知識と感覚と真実

2019年も後半になり

2019年の前半とは違う全く別の側面が観える

そういう人もいるでしょう。

令和になったから

そういう捉え方もいいでしょう。

しかし、物事を音で捉えるのも楽しいものです。

令和とは0話でもあり、物事が始まる前のプロローグのようなもの。

そして令和は、零輪でもあります。

平成が、とてつもなくフラットになる世界だとしたら

令和は、ウロボロスの輪でも象徴されているように

己の尾を噛んで環となることを知覚する時代なのかもしれません。

潜在意識があって、顕在意識があって

潜在意識がすべての人間の願いなどを司っているという

ビジネスモデルがこの数年流行りました。

しかしこれは知識であり真実ではないのです。

では、エメラルドタブレットは真実か

そうではないかもしれません。

ここで考えるべき脳の余白は

それでも、真実の一つの形態でもあると認識することです。

それは記憶でもあり

真実の側面でもあります。

成長する偉大な想いという意味では

誰もが確認することのできない

偉大な渦の中にある真実の側面

私はそう思います。

私たちは記憶に生かされて

私たちは大きな記憶の中で生きており

その記憶を継承しているのは

血の中に入っている情報であり

神経細胞が生み出す磁力でもあり

電気と磁気が人間の体内にもある

ということがわかっているように錯覚していますが

それも知識と記憶の側面に過ぎないのです

エメラルドタブレットで【大いなる1なるもの】として登場する

最初の因(音)により

私たちは日々生かされながら

日々良くなるようになっています

これは抗うことのできない

大きなプログラムの中で

生かされていることの証明です。

見えている世界は私たちの想像通りの世界です

私たちの中にある諸元陽陰を

違う角度から観ることで

世界に別の姿を見出す能力が人には本来備わっています。

外からの情報

何が良いものなのかという解釈と信念

そのようなものを削ぎ落とすことで

最初から逃げも隠れもしていない真理の側面が

見えてくる可能性があります。

錬金術の書物にも下記の記載があります。

=神は自然の中に真理を隠された=

2019.07.13 碧