短編物語:輪郭

私は、ずっとこの場所にぶら下がっている。時には、満たされることもあり、時には全てを洗い流し、カラカラになるほどの渇きを経験することもあるが、それが私の求められている姿であることは間違いないと言える。

私の眼の前では、いつも男女が愛の言葉を交わす。自分自身のこと、周りで起こっていること、そしてどれだけこの時間が満ちたものであるのかを語るのだ。もちろん、その逆もある。愛の中に満たされない感情が存在していて、その愛を確認するためにお互いの時間を合わせて語り合うのだ。

私たちは、基本、ほとんどの物語に登場する。しかし、私から見た世界は全て同じように見えるのだ。私たちは、目の前の人から、どれだけ頼りになるのかという視点では見られない。

私たちは、通過点に過ぎないのだ。人間は社会的な生き物であり、全てをよくするために生きていこうとする生命体だと思う。しかし、よくなるとかよくなりたいとか、今がよくないとか、そういう判断ができるほど、人は世界を知っているわけではない。

私たちは、時間を味方につける。そして、外気を混ぜ合わせることで、私たちは変化する。

人間も早くそのことに気がつけばいいのにと私たちは説に願う。私たちにはステージがある。もっとも美味しく飲める状態は、それぞれが違っている。時間を要する場合は高くなるし、時間を要さない場合は安くなる。

さて、私たちは、あなたにクイズを出そうと思う。私たちは何だろうか。考えて見てほしい。

もし、ワイン、もしくはワイングラスだと思った人は、情報取得に長けていると言えるが、物事を決められた何かとして決定づけようとする性質にあるだろう。

残念ながら、私たちはワインではない。

その答えを探すことと、あなたの人生が良くなることはとてもよく似ている。もっとも、あなたの人生はもうすでに良いのだけれども、あなたはそのことに全く気づいていないようだ。

短編物語:街中ホスピタル

「今、街を歩いているとする。喧騒の中、静寂を感じるのはどうしてだと思う?」

羽釜アキラは、読んでいた本を閉じながら私に聞いた。

「それは、静寂を知っているから。それか、喧騒を知っているから」私は、羽釜が本の上に置いてトントンとゆっくり叩いている右手を見ながら答える。

「惜しい」羽釜は、言いながら右手を止めた。「あなたがいるからでしょう」羽釜は、私が何かをいう隙間を与えないかのように、店員さんを呼ぶ。

「アイスコーヒーお代わりね」店員から私の方に向き直り、羽釜は口角をあげる。でも、目は笑っていない。

「さて、これは、あなたの物語なわけだけど。例えば、雨が降っていて、その雨のおかげで、誰か好きな人との時間が引き伸ばされたとする。その場合、あなたにとって雨は幸運の女神というわけだ。女神じゃなくて、神かもしれないね。しかし、同じ状況の中で、その雨により、悲しむ人がいる。次に、雨に視点を移してみる。すると、自分はただ単に上から自然の法則によって、落下しているだけにもかかわらず、様々な人々の喜怒哀楽のトリガーになる」

私は、言葉を探しながら返答するタイミングを測る。

「全ての物事を、いいように捉えるという考え方があるわけだけど、それはどちらかといえば、観る方向をわけなさいというようにも感じる。とても不思議な話なんだ。例えば、俺。俺は、誰かに作られた人格であり、その誰かが作ったストーリーを生きている。だから俺は、こういう風に考えたいなと思う必要がないんだ」

「そんなバカな」私は、考えもせずに言葉を出す。

「あなたもそうね。あなたが何を答えたらいいのか一生懸命に考えていても、言葉を出すタイミングは、全て決められている」

「じゃあ、生きている必要がない。無意味だよ」と私。

「ほら、ここで反発することも想定の内。では、なぜ、俺たちは生きているんだろう。なぜ、言葉を知り、その言葉で人とコミュニケーションを取るのだろう」羽釜は、上を見上げる。

「ねえ、神様。教えてくれよ」天井からゆっくりと視線を下に向け、彼は私の方を見ずに、店員さんを見る。目があうと、手を振った。「神は全てを知っているから。これを人は運命という表現にしたがる。するのではなくて、したがるんだ」

「どういうこと?」私は、コーヒーカップに口をつける。もうある程度ぬるくなっている。

「神様が全てを知っていて、全てを作ったとしても、だね。それを超えるある事が俺たちには備えられているんだ。それが物語であり、想像力。物語は、平面ではない凸凹の地面に投げつけられたボールの行方のようになる」

「物語なんて、作られたものでしょう」私が話を続けるより先に、羽釜は口に手を当てて耳を澄ます仕草をする。

「その作られた物語が、あなたの人生よりも価値がないと思える?本当に?ここでこの物語は突然終わるんだ。では、この物語が現実ではないと思いながら、先が気になるはずだよね。俺も、あなたも死ぬわけではないから。例えば、ほら。あそこの窓、一人の男性が、ハンマーを持って走って行ってるでしょ?」

私は、羽釜が指差す方向を見る。そこには上半身裸の男性が、全力疾走で窓に体当たりをしている。体当たりをしても何も起こらない窓に対して、彼は右手のハンマーを振り下ろす。しかし、窓は何も起こらない。

「神様が、あの窓が絶対に割れないように設定しているからなんだ。ほら見て。」

羽釜が飲んでいるアイスコーヒーを指差すと、パーンという音を立てて、彼のアイスコーヒーのグラスが割れた。

「そうあって欲しくないとか、そうあってほしいという願いを神様が実現する。だから」

そう言うと、羽釜は目を閉じた。気配を感じ私は振り返る。

まだ見たことのない、孫の顔。なぜか私はそう思う。振り返った先の人物は全身びしょ濡れで、右手にはハンマーを持ち、今まさに私の頭にそのハンマーを叩き付けようとしているところだった。

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「ねえねえ、お父さん、この人死んじゃうの?」私は、夏菜子の声で我に返る。

「いやいや、死なないよ」私は、夏菜子の頭を撫でながら本を閉じる。そして、上を見ながら、頭の中で想う。

「ねえ、神様、教えてくれよ」

短編物語:360度

目の前で、繰り広げられる壮絶な現場を、私は、少し離れたところで見つめている。その男は、公共の広場でナイフを持って暴れており、明らかに何かに対して怒りを持っている様子で、暴言というより奇声を発しながら周囲を威嚇している。

私はまっすぐに、その男の前に歩いていく。時折、男から一定の距離を保ちながらみている群衆から、「大丈夫?」と、本音と思えない言葉を受けながら、一歩ずつ私はその男に近づく。

男は、まるで宇宙人の言語のような言葉を私に向かって飛ばしながら、私にそれ以上近づかないよう、警告する。

私は、一瞬立ち止まり、一呼吸を置き、右足を踏み出す。と同時に、男は私に向かってナイフを突きつけ突進する。差し出されたナイフは、一旦引かないと力が乗らないだろうと思いながら、恐ろしく震えている手の先にあるナイフを私は右手で叩き落とし、いつもの流れで、男を地面に叩き落とす。

歓声と同時に警察がやってくる。警察は、私に感謝の言葉と、危ないことをするなと怒りの言葉を浴びせながら、群衆に怪我がなかったことをひたすら安堵している。

その、2時間前。

私は警察官に、そんなことをしていないでまともに生きなさいと言われたばかりである。私という人間性をどちらで判断するのかについて、果たしてこの世界は答えを用意しているのだろうか。

人、というのは、その時々、状況や場面で大きくその判断を分けられなければならない。同じことを話したとしても、その話し方や単語の選び方で、怒りを買う場合もある。また別の状況では、その話し方や単語の選び方で、人の涙を誘うこともある。

私は、清涼飲料水に口をつけながら、その場を立ち去ろうとする。

「ちょっと待って!」

私は、少しキーの高い女性の声で足を止める。

「そうやって自分の好きに生きながら、カッコつけた振りばっかり。誰か一人すら幸せにできない人が、人の幸せに力を貸さないでよ」

私は、ペットボトルの口をゆっくりと閉めながら、振り返らずに歩き出す。

誰かに感謝され、誰かに罵倒され、また誰かに感謝される。一人の人間が一日で味わう感情すら、自分で把握できていないのに、私は一体どこに向かって幸せを設定しているのだろうか。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

私を解放してくれそうにもない女性は、私が振り返るのを待っているようだ。それは冷静さからはかけ離れた、とても感情的な受け身の姿勢だ。

仕方ない。と私は「つぶやき」と「発言」のちょうど間くらいの声を吐き、後ろを振り返る。

振り返り切ったところで、ドン!という衝撃と共に、私の体は、少しだけ後ろに弾き飛ばされる。そして、体のある部分が熱くなり、私の視界は目の前の女性から天井へと変わった。

再び怒声が響き渡るのを聴きながら、その音が消えかかり、おそらく私は泣いていただろうと想像する。しかしその確認をすることは、もう出来ないのだろう。