グリム童話「瓶のなかの精霊」より

昔々、ひとりの貧しい木樵がおりました。

彼にはひとり息子がおり、彼はこれを高等学校へやりたいと思いました。

けれども、持っているよう与えられたのはほんのわずかな金だったので、試験を受けるはるか前に尽きてしまいました。

そこで息子は家に帰って、森で父親の仕事の手伝いをしました。

あるとき、昼の休憩時間に、彼は森をぶらつき、鬱蒼とした古いオーク樹のところにやって来ました。

そこで彼は、地中から「出してくれ、出してくれ」という叫び声を耳にしました。

その樹の根の間を掘ると、しっかり封をしたガラス瓶を見つけましたが、声は明らかにそこから出ているのでした。

彼が開けると、いきなり精霊が跳び出し、たちまち樹の半分の大きさになりました。

精霊は恐ろしい声で叫びました。

「わしは罰を受け、仕返しさせるだろう!われこそは偉大で強力な精霊-メルクリウスだ。今おまえに褒美をくれてやろう。わしを解放してくれたやつは、誰であれ絞め殺さねばならん」。

このことが少年を不安にさせ、すぐに策を思いつき、彼は言いました、「先ず、この小さな瓶の中に閉じこめられていた精霊と同じだということを確かめなくっちゃ」。

そのことを証明するために、精霊は再び瓶のなかにもぐりこみました。

そこで少年は急いでこれに封をし、再び精霊は閉じこめられました。

しかし今度は、少年が自分を出してくれたら、褒美に彼を金持ちにしてやるると約束しました。

そこで彼が出してやると、小さな襤褸切れをお礼にもらいました。

精霊が言いました、「これの一端を傷口の上に広げると、それは治り、もう一端で鋼や鉄をこすると、それは銀になるだろう」。

そこで少年が自分の壊れた斧をその襤褸切れでこすると、斧は銀に変わり、これを400ターレルで売ることができました。

こうして父と息子は、あらゆる心配事から解放されました。

若者は自分の勉強にもどることができ、後には、襤褸切れのおかげで有名な医者になったとさ。

知識と感覚と真実

2019年も後半になり

2019年の前半とは違う全く別の側面が観える

そういう人もいるでしょう。

令和になったから

そういう捉え方もいいでしょう。

しかし、物事を音で捉えるのも楽しいものです。

令和とは0話でもあり、物事が始まる前のプロローグのようなもの。

そして令和は、零輪でもあります。

平成が、とてつもなくフラットになる世界だとしたら

令和は、ウロボロスの輪でも象徴されているように

己の尾を噛んで環となることを知覚する時代なのかもしれません。

潜在意識があって、顕在意識があって

潜在意識がすべての人間の願いなどを司っているという

ビジネスモデルがこの数年流行りました。

しかしこれは知識であり真実ではないのです。

では、エメラルドタブレットは真実か

そうではないかもしれません。

ここで考えるべき脳の余白は

それでも、真実の一つの形態でもあると認識することです。

それは記憶でもあり

真実の側面でもあります。

成長する偉大な想いという意味では

誰もが確認することのできない

偉大な渦の中にある真実の側面

私はそう思います。

私たちは記憶に生かされて

私たちは大きな記憶の中で生きており

その記憶を継承しているのは

血の中に入っている情報であり

神経細胞が生み出す磁力でもあり

電気と磁気が人間の体内にもある

ということがわかっているように錯覚していますが

それも知識と記憶の側面に過ぎないのです

エメラルドタブレットで【大いなる1なるもの】として登場する

最初の因(音)により

私たちは日々生かされながら

日々良くなるようになっています

これは抗うことのできない

大きなプログラムの中で

生かされていることの証明です。

見えている世界は私たちの想像通りの世界です

私たちの中にある諸元陽陰を

違う角度から観ることで

世界に別の姿を見出す能力が人には本来備わっています。

外からの情報

何が良いものなのかという解釈と信念

そのようなものを削ぎ落とすことで

最初から逃げも隠れもしていない真理の側面が

見えてくる可能性があります。

錬金術の書物にも下記の記載があります。

=神は自然の中に真理を隠された=

2019.07.13 碧