未来からの使者

これは昔の話です。
私が19の時の物語。今から19年前。

どうしても専門学校の授業料が足らず
バイトを3つ掛け持ちして授業料を稼ぎ出しました。
しかしながら、授業料の件が片付くとすぐに
スキルと時間の壁にぶつかりました。

宿題する時間がなく宿題を提出するのが遅れ遅れになるのです。
(Design専攻だったので毎日デザイン画を10枚、週ごとに70枚提出)

夢を追いかけながらも、3つのことが同時進行で壁としてやってくる。
それから、同じような課題が人生において3回ほどやってきました。

そして、30代中頃を過ぎた時。今から3年前です。

「乗り越えるべき課題」と言うお節介な存在はとても人の
「背中」が大好きでさらに困ったことに瞬間移動もできる
そんなことをボンヤリと考え、どうやら逃げられない
と、気づいた私は回転運動を知り立ち止まって後ろを振り返りました

振り返るとそこには、「課題」が存在していましたが。
私が考えている大きさでは無かったのです。
課題その物事自体へ向き合うことを恐れると
なかなか見えない「課題」の本質があります。

振り向いて、向き合い「ある」ことをすると
課題はそもそも無かったかのように消えます。

ですが、せっかく向き直り「課題」を確認したにも関わらず
その「ある」ことをせずに、また「課題」に「背中」を向ける
逃げ切れると信じて、課題から逃げるため、自分の走る速度を上げ
走るフォームを綺麗にしようと躍起になります。
しかし「課題」は瞬間移動できるためどれだけ引き離したと思っても
いずれは、簡単に追いつかれます。堂々巡りです。

そんな「人」を見ることはとても苦しく
でも、自己の意志を尊重してもらいたいから
あまり言及してこなかったのですが
今なら言えます。

「ある」ことをして、良かったと。

そう断言できるのは、その「人」は
他ならぬ3年前の私だからです。

ある人の行った実験では、ほぼ全ての人が亡くなる前に
「後悔」をするそうです。

「愛」への後悔だそうです。

もっと愛を示すべきだったことがたくさんあるのでは無いか。
私が3年前の私に言うことがあるとしたら、もっと「愛」を知ること。

愛の本質は、探せば探すほど本質から離れ
愛をばらまくとそれは愛ではない
「愛する」は分解できません

そこに最後に気付くそうです

「課題」は「愛」に満ちていると言うことではなく

「後悔」の無い人生を過ごすには
幾度となく現れる「課題」を観ることです。

未来から言えるのはそこです。

2020.8.15

Share This: