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世界は、常に切り替わっている。その世界全てを私たちは認識することはできない。それなのに、世界をたったひとつだと思い込んでしまうと、私たちはそれ以外の世界を認識することができない。

私たちが、幸せを追い求めてしまうのは、私たちが幸せになるようにと決定づけられていると、だれかに教えてもらったわけで、自分たちの中で幸せを認識したわけではない。どちらかといえば、幸せの定義は作られたものだ。

だから、幸せになるということを私たちは認識することができない。幸せになる方法を教えますと言われてもその幸せについて本当の答えを知っている人がいないのだから。

この世界がいくら最低だとしても、私たちは生きていかなければならない。最低だから、最高だからというのは私たち生きる上では全く関係のないことだ。

神の法則は、ただ私たちの心臓が生き続ける限り、血液を送り続ける。どうしてもこの世界の法則を知りたいと思ったら、多少残酷なものも受け入れる必要がある。

人は、結果について知りたいと思わない。今この世界の現実を知りたいと思うのだ。私が何者で、今何をしていて、どんなことを思っているのか。それ以外には興味がない。未来のことを話している人は、宇宙人をみるかのような目で見られる。

しかし、未来の話をどれだけ熱く語ったとしても、それが現実になるとは限らない。半分の可能性と、半分の失敗談が未来にはあるだけだ。

私がエネルギーについて話す時、それは純粋なるものとして、言葉を纏う。しかし、もしも言葉がこの世界になかったとしても、私はエネルギーを語ることができるだろう。

この世界の人々は、エネルギーについて少しだけゆがんだものを真実として信じているように思える。その真実が明かされることは、この世界の全ての財宝を集めることよりも大切であるため、私たちはそのプログラムを開けることができないようになっている。

全ての現実を、私たちが見ていると仮定する。私たちは、エネルギーを変換することができるし、振動を感じることができる。しかし、その振動を合わせる必要がある。振動を合わせることで、その振動が凝固したものを見ることができる。私たちが現実世界と呼んでいるものだ。