陰翳礼讃

先日、縄文人居住地に行きました。たまたま行ったというのが正解かもしれません。本日、このような記事を見ました。

<陰翳礼讃>===
古代・中世・近世へと時代を追うにしたがい、日本人は〈かげ〉を合理的に受け取るように変化していった。

最後に、〈かげ〉を,かげり,くもり,くらがりとしてとらえ直し、そこにこそ日本伝統美が存在することを確かめようとした谷崎潤一郎の長編随筆《陰翳礼讃》(1933)のあることを忘れてはならないであろう。

日本家屋(とくに厠)、漆器、食物などが〈常に陰翳を基調とし、闇と云ふものと切れない関係にある〉と見る谷崎は、〈美と云ふものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添ふやうに陰翳を利用するに至った。
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最近、岩のくぼみで、目を閉じて、岩のパワーを感じたり
天に近い場所で風を感じたりしてますが、私の場合、自然の中に配置された人の営みは、自然に寄り添って生きる方が心地いいのではないか?との思えてきてます。

私たちは、<現実世界>に生きていますが、意識から大地に現れた、エレメントを身近に感じながら生きています。

日、月、火、水、木、金、土
1月、2月・・・12月

誰かが作った仕組みの上に、私たちはなんの違和感も無く、生きております。

太陽の周りをくるくると回る、星たち。
原子の周りをくるくる回る、電子たち。

ずっと流れ続ける滝を見続けていると、なんとも不思議な感覚になります。

全て、原子で構成されているから、この世界はエネルギーなのかもしれません。確かに、次元は上昇するのかもしれません。

しかしながら、次元や宇宙の話をする人からは、こっちにおいでよ。という声が隠れているように感じるのです。より良い人生を生きるためには、という情報サイトが増えすぎて。

より良い人生
というものは
目を閉じて、じっとしつつ
時を感じることで
すぐに訪れる奇跡であります
それに気付くよう
優しいパワーが
大地と天空の両面から
訪れています

魂・宇宙法則・実在主義・などなど、私たちが信じるものにそって物語は展開します。

とあるアニメ映画にも「全ては結び」というセリフが出てきます。

私たちの意識は、全て自分の中の真実と結びつけたがります。でも、それは全て意識が結びつけた、あなたの物語であるわけです。

優しさと 力強さを
生命の愛と 命の残酷さを
その両面に 善悪の境目は無く
私は いつでも ここにいます

染井碧