精神・意識・物質

あらゆる○○は、「精神・意識・物質」のいずれかです。○○としたのは、ここに当てはまる言葉がないからです。

それは、あらゆる「もの」かもしれませんし、あらゆる「おもい」かもしれません。はたまた、あらゆる「出来事」かもしれません。

そして、この「精神・意識・物質」は行ったり来たりしています。

行ったり来たりしている動きを、当てはめると、円上です。

なので、あるときは、物質になり、あるときは、意識に戻り、また物質になったり、精神に戻ったり。常に動きながら、どこかに位置しています。

ちなみに時間とは、半径により定義が変わるもので、大きな時間のことを「全て」と定義すると、それ以外のものは、全て大きな円(全て)の中にあると仮定することができます。

「ある夢」は、どこか未来に設定するものかもしれませんが、その夢を意識した時、私たちは夢を現実にするスタートラインに立っていると言えます。

スタートラインというか、円周上に意識を置くと、それが精神を介して、物質として現れるのは時間の問題であると言うことです。

ここに絶対的な安心感を抱く理由があります。

思いを持つことが全ての始まりであるとするならば、私たちが現実世界に未だ顕現することができていないことがあるとして、それはなぜでしょう。

私たちが何かを理解していないからでしょうか。それとも、大きな力が働いて、私たちに試練を与えているのでしょうか。試練の先には大いなる悟りが待っているのでしょうか。

私の答えは、「動き」と「場所(ポイント)」がずれていることです。

動いているけれども、場所が違う。そもそもそのサークルにいない場合。場所を変える必要があります。物理的な場所を変えたり、環境を変えたりすると、私たちが持っている円周の半径が変わるため、同じ動きでも違う結果をもたらします。これは頭で理解し易いのではないでしょうか。

時間から、実現の話に進みましょう。実現の中心にあるものは、当たり前ですが「物質」ではありません。これは、どちらかと言えば錬金術の思想です。

物質は外周の外側にあります。ですから、精神と、意識が整っていれば、別に何も考えなくて良いのです。

これは、図にして説明した方が良いと思うので、この続きはワークショップでお伝えします。それでは、ひとまずこの辺で。