誰かの意志

私たちが目指すべきものは、月の裏側を探したところでみつからない。

遠くにあると信じている私たちの目指すべきところは、毎秒血液を送り出す別名「心」の中に記載されているものの、その文字は読めなくなっている。

あなたの目指すべき姿は、鏡に映った私のような存在の進化系ではなく、生まれたての姿に近い退化系でもなく、その両方で有り難い。

探すことをやめたところで、その探し物がなくなるわけではないにも関わらず、私たちは探す、探さないという両極に疲れ、あるがままを「心」に提案する。

しかしながら、消去法で得られた解決策は、大抵がもともと私たちが設定していた、第三の検索ポイントにすぎず、答えではない。

一番大切なものと定義した上で、それが必要か不要かを念入りに検討したとして、その大切なものは、幻想か、被造物、もしくはその過程にある「何か」。

あるようでないもの。ないようであるもの。

私たちが本当に探し求めているものは、何かと何かの間にあるもの。

その何かについて、必死に言葉を当てはめようと努力を重ねるも、その何かを定義した瞬間それは、私たちの意識が、縛り付け固定化した、創造物に形を変える。

私たちが本当の意味で、無から有を作り出す能力を備えているとしたら、私たちが、何もないものについて、言葉を当てはめる行為こそ、エネルギーを作り出すこと。

言葉を有した固形の被造物の中にある振動が共鳴した瞬間、私たちが現実と呼んでいるものが無数に立ち上がる。

〜私たちが忘レルヨウにプログラムされている、創造する行為の本質について〜