時間とパラレル(HP ver)

常に創造的な世界の中に生きている私たちは「物事は変化する」という事実をもう少し重く受け止めるべき。

神を信じる人たちのなかで私は幼少期生きてきたが、そこでは全ては神が決められたことで、私たち人間はとてもちっぽけな存在で、神を怒らせないように、そして、何かあったら助けを乞うための存在であると教えられ、そこに大いなる疑問を持った。

永遠に生きることを、好きな人たちと過ごすことが最高の喜びであると、教えられ、永遠に生きることを当時全精神を持って考えても、頭がクラッシュする寸前まで行き、幸せを体感することができなかった。

その後、現実世界を生きる中で、神は何もしてくれず、神が作った世界というより、そこにあるのは「法則」であることに気付き、神に身を委ねるということを信じる人々のグループから去ることを決断する。

要は、何を信じているのかということに尽きるわけで、神を信じている人々にとって、この世界の幸も不幸も全て神の御業なわけで、それは信じている存在が、私の人生に答えてくれたと考えることもできる、と同時に、それ以外の力によって救われたという可能性だってある。

私は、「物事は変化する」ということと、「時間には私たちが考えている性質とは別の側面がある」ということを信じていて、パラレルワールドを信じているが、それはよく言われている、同時に私たちが何人も存在していて、その一つを現実として受け入れているということではない。

時間というものは、流れていくという考え方だけではないという意味、でのパラレルワールド。簡単に言えば、今この瞬間という言葉。今この瞬間は、私たちが知覚できる、知識と経験上、固定化されてしまう。先ほど過ぎ去った時間は、今のこの瞬間を経験したはずだし、未来、例えば10分後の世界も、その瞬間が来たら、「今、この瞬間」になる。

「今、この瞬間」だけは、実は何にも属していない。時の流れは、瞬間の積み重ねとも言える。

未来に思いを馳せること自体が、行い的にはこの瞬間なのですが、現実世界を考えられる私たちは、いつも、未来はこれからくる存在、過去もこれまでの存在だと信じているわけ。物理の法則があるから、私たちの人生が幸せに導かれることがあるわけではない。

変化する人生の中で、時が流れて、何か別のものに変わっていくことも真実だろうし、そのために努力することも必要かもしれないが、私たちの人生は、何を信じ何を考えているか。

物事は必ず変化しそれは時の流れとは違う。未来、必ずそうなるということを信じているからこそ、動ける。過去このようなことがあったと、自分の記憶を辿るのではなく、未来から見てどれだけ自分を肯定できるかということ。

私たちは、未来を今この瞬間見ることができるという特殊能力を持っている。それを現実として受け入れることができるどうかは、テクニックということではなく、人間が持っている「信じる」ということをどれだけ自分のものにしているかが鍵となる。

宗教がこれだけ広まった理由は、人の信じるパワーが、確かに存在するということの証明だと私は考える。

信じることが高まり、信念が高まると、それは現実を帯びる。現実として固定化するポイントは、今この瞬間。過去を書き換え、未来を創造して生きる。壮大なパラレルを経験できる私たちには、「物事は変化する」ということを信じる力によって、人生をいとも簡単に自分の望み通りにすることができる。

染井碧
SOMEIHEKIRU