子どもは皆天才。私たちの今。

子どもは、皆が天才です。
好奇心の塊であると同時に、感情の爆発。
私たちが大人になるにつれて、知らないうちに無くしてしまいがちなものを持っています。

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よく、私たちは何かを忘れながら生きている。どこかに落し物をしてそれを探すという表現がありますが、それはこのことを言っているのではないかと思うわけですね。

好奇心だけで生きると、もっとちゃんと生きなさいと言われます。
感情を爆発させると、わきまえなさいと言われます。

しかし、子どもが皆天才であるなら、私たちは本来は、天才であるはずです。
自分の可能性を一つづつ蓋をして、それをもはや持っていないかのように自分を信じ込ませるという意味では、大人も十分に天才ですが私がここでお伝えしたいのはそれではありません。

私たちの今は、ある程度まで忘れて生きながら、同時に思い出したいとも思っています。
なぜでしょうか。

それは、何かを犠牲にするという考え方が板挟みの考え方だからと私は感じています。

自分自身を大切に。
夢を大切に。
ポジティブに。
イメージを大切に。

全ての言葉を自分から消し、思い出しましょう。
私は、何であり、そして何ではないか。

お酒が好きな人は、乾杯して一口目のお酒を超える喜びはあまりないのです。
体型を気にしながらも、甘いものが好きな人は、ケーキを口にした瞬間を超える喜びはあまりないのです。

健康に気を使わなければ、いけないと思いながら、あらゆるものを選び生きても、せいぜい生命の前後は10年単位です。
枠を超えて、自分のこと思い出しましょう。

あなたの今は、これまでの積み重ねではありません。
ある文献では、体の細胞は、死に生まれるを繰り返し、ある周期で完全に入れ替わると書いてあります。
それなのに、私が保たれている理由はなんでしょうか。
もはや、命の定義すら曖昧な中で、保たなくてはならない私とは一体なんでしょうか。

思い出しましょう。私を。
あなたは、まだおそらく眠っています。

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