短編物語:360度

目の前で、繰り広げられる壮絶な現場を、私は、少し離れたところで見つめている。その男は、公共の広場でナイフを持って暴れており、明らかに何かに対して怒りを持っている様子で、暴言というより奇声を発しながら周囲を威嚇している。

私はまっすぐに、その男の前に歩いていく。時折、男から一定の距離を保ちながらみている群衆から、「大丈夫?」と、本音と思えない言葉を受けながら、一歩ずつ私はその男に近づく。

男は、まるで宇宙人の言語のような言葉を私に向かって飛ばしながら、私にそれ以上近づかないよう、警告する。

私は、一瞬立ち止まり、一呼吸を置き、右足を踏み出す。と同時に、男は私に向かってナイフを突きつけ突進する。差し出されたナイフは、一旦引かないと力が乗らないだろうと思いながら、恐ろしく震えている手の先にあるナイフを私は右手で叩き落とし、いつもの流れで、男を地面に叩き落とす。

歓声と同時に警察がやってくる。警察は、私に感謝の言葉と、危ないことをするなと怒りの言葉を浴びせながら、群衆に怪我がなかったことをひたすら安堵している。

その、2時間前。

私は警察官に、そんなことをしていないでまともに生きなさいと言われたばかりである。私という人間性をどちらで判断するのかについて、果たしてこの世界は答えを用意しているのだろうか。

人、というのは、その時々、状況や場面で大きくその判断を分けられなければならない。同じことを話したとしても、その話し方や単語の選び方で、怒りを買う場合もある。また別の状況では、その話し方や単語の選び方で、人の涙を誘うこともある。

私は、清涼飲料水に口をつけながら、その場を立ち去ろうとする。

「ちょっと待って!」

私は、少しキーの高い女性の声で足を止める。

「そうやって自分の好きに生きながら、カッコつけた振りばっかり。誰か一人すら幸せにできない人が、人の幸せに力を貸さないでよ」

私は、ペットボトルの口をゆっくりと閉めながら、振り返らずに歩き出す。

誰かに感謝され、誰かに罵倒され、また誰かに感謝される。一人の人間が一日で味わう感情すら、自分で把握できていないのに、私は一体どこに向かって幸せを設定しているのだろうか。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

私を解放してくれそうにもない女性は、私が振り返るのを待っているようだ。それは冷静さからはかけ離れた、とても感情的な受け身の姿勢だ。

仕方ない。と私は「つぶやき」と「発言」のちょうど間くらいの声を吐き、後ろを振り返る。

振り返り切ったところで、ドン!という衝撃と共に、私の体は、少しだけ後ろに弾き飛ばされる。そして、体のある部分が熱くなり、私の視界は目の前の女性から天井へと変わった。

再び怒声が響き渡るのを聴きながら、その音が消えかかり、おそらく私は泣いていただろうと想像する。しかしその確認をすることは、もう出来ないのだろう。