虚像の中にある嘘。

おそらく、全ての事象の裏に隠れている想いは、私自身がどのような生き方をすればいいのかと考えていることだと思う。それを知りたいのです。

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先日、フォーリーフを開催しました。フォーリーフとは
魂が繋がっていると私が勝手に思い込んでいる4名で会うことです。
 
魂という言葉があまり好きではなくなってきたため
最近は「リーフ」という言葉を使っています。
フォーリーフで感じたことと書いておきます。
 
人を癒す。癒される。
これを分けてはいけません。
人は、癒す・癒されるを同時に体験しており
何かを与えたのなら、同時に受け取っているし
何かを受け取ったなら、同時に与えています。
受け取る、与えるを分けないようにしたいものですが
現状のこの世界では、これまでの人の分け方が上下1軸だったのが
最近横軸が加わり
わかっている人、わかっていない人
先に行っている人、過去に戻っている人
の4つのマスに分類分けが広がっているように感じます。
昔は身分の違いだけでしたからね。
わかっている人、わかっていない人、そのどちらにも属さず。
先に行く人過去に戻る人、そのどちらにも属さず。
私は、ただ、そうであることと、そうではないことを同時に自覚しながら
自分が今見たい側面だけをみる。意図的にです。
コインの裏表は同時に存在していますが
同時に見ることは肉眼では難しいですからね。
私たちが、過去生の記憶をなくして戻ってくるのは
過去生を知ることで
よくも悪くも今から引き剥がされるからではないでしょうか。
後悔したり、期待を込めたり。
だからと言って、今に在るというのも、
碧はよくわかっていない感覚なので、
それにより幸せになるという実感が湧きません。
パラレルワールドは全てが同時多発。
そして、私たちが見る現実は一つだけ。
悲しみは、悲しみの原因と、それが解決している状態がセット。
お腹が空くのは、地上に出てきてからの感覚。
息をするのもそう。同時多発なものは、全て創造物です。
愛ですら、愛のある状態と愛がなくなった状態を包含していますので
造られたものですね。
愛だと言えば、それは愛される人と
愛している人がいるわけなので二面的。
同時多発なので、愛しているのは
愛さない状態を横に走らせているわけです。
いや、私たちの愛は本物です。という気持ちもあると思います。
しかし、
偽物と本物と存在する愛なんて愛ではないんですよ。
愛のない状態から愛し合っている人々は、
出会う前からそれぞれ存在していたわけですから、
発見という方が私は、しっくりくるわけです。
愛のない状態から、
愛が生まれて、
「愛している」になると、
愛がなくなった状態も含むので、
含ませない。
愛があってそれを発見したのなら、
失うこともないわけです。
何かを伝えたいのに。
それ以外の言葉だらけですね。

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