言葉は絞り出すものではなくて

染井碧です。

言葉を絞り出すのは、自然な行為ではありません。

人はもともと、言葉を持たぬ存在でした。言葉の数、その蓄積は、表現の数を増やし、人に仮面を与えます。その仮面をたくさんの時間身に着けることで、私たちはその人格を本来の自分と勘違いをするようですね。

しかしながら、よく考えてみてください。時間はある一定の流れを正確に刻んでいるという証明はされていますでしょうか?私たちは、時がたつのが早いという表現をしっていますし、時間が遅いという表現を知っています。

ということは、時をかけた大小は、その真実とは無関係であることが可能性としてあるということです。

私はこのように思います。

時を一瞬ごとに刻むと、それは秒という概念を超えます。秒を細分化すると、無限に細かい秒の中の一瞬が生まれていきますね。0.0000000001秒が存在するとしたら、というか存在するのですが、それの表現方法を私たちは知りませんので、あまりピンときません。

物語がスピンオフしてしまいそうなので、戻しますと。

私たちが身に着けている「仮面」、「性格」と呼んでいたり、「私」と呼んでいたりする、「それ」は、長い間身に着けていたからではなく、私たちがそれを私であると思っているだけです。その思った数がたくさん積みあげられているだけなのにも関わらず、長い間と表現しているだけなのです。

わたしは、このような性格だから。

と、あなたが決めた日付を教えてくださいと聞いてみますと、かならず答えることができないはずです。

今この瞬間に、私とはこうだと、決めつけているだけで、本来の自分なんというものはきらきら光るシャボン玉のように次の瞬間には割れて、綺麗だったねと言われるような存在なのです。とてもはかなく、それでいて虹をまといながら、空中を漂う存在なのです。

そんな、はかない存在が作り出すはかない言葉が、私たちに大きな影響力を持っているのです。

言葉は絞り出さない。

私は、もう何も信じられない。

という人でも、一番信じられない自分を信じて、この世界に現象化させています。

信じていること、信じていないこと。

そのすべては、私が始まりです。

そして、「始まりの部分」で信じているから「私が存在している」という事を考えると、一番信じるのが難しい私を信じているあなたは、それ以外のことを信じることは造作もないことでしょう。本来そうあるべきです。

ということは、「私たちは願うことで、絶対にかなわない世界を創造し続けている」と、私が言う意味もご理解いただけるのではないでしょうか?

「ない」を信じることで、願いは必要ないのです。

夢を、希望を、叶えたい現象を、無理やり言葉として絞り出すのではなくて

今、この世界に「ない」ことを信じてください。

「ある」ではなく「ない」です。

申し訳ありませんが、このことについての物語は、これが言語化の限界です。

 

歴史の物語で有名な俳優、「ナポレオン」は知っていました。

「余の辞書に、不可能という文字は無い」と。

「私は必ず達成する」を信じていません。

もはや達成するのか、しないのかという議論すら発生しません。

なぜなら、不可能の文字が無いのですから。

染井碧