好きと嫌いを超えるー後編ー

前編の振り返り。

私の双子の兄、染井叡。未来から来たと語る彼が、未来に好きと嫌いが無いと言ったところから。

私は、好きと嫌いが無かったら何があるの?と聞きました。

「何もないよ。何もないと言うか、全てがあるから、分ける必要がないんだ。難しいよね。でも、この感覚を今の地球人が知ってしまうとね、全てが崩壊するから、絶対に分からないように、混乱するプログラムが組み込まれてる。混乱させながら、幸せになるには、この混乱の先に行かなくてはいけないと思わせる。これが、はじめに造られたモデル。全てはこのモデルの上に成り立ってる」

いつ、切り替わるの?と、私。

「切り替わらない。2767年は、ここにあるから」

私は、思います。ここは2017年の日本で、2767年は、存在していない。普通に考えて遠い未来には、その時代も来るだろうけれども、あくまでも今ではないと。

「それが理解できないから、いつまでも、今だとか、今じゃないとか、昔はとか、将来こうなるとか、また、ある人を好きになったり、嫌いになったりするわけだよ。だけど、ある瞬間にすべてを含んでいるのは確かなんだ」

そういえば、そのようなことを言っていた人がいました。瞬間移動も、できるようになる。時空も越えられる。難しい学者が書いているから、スルーしていました。

しかし、私は疑問をぶつけます。「もしかしたら、そういう世界もあるかもしれない。けど、今の私はとてもそのような考えを受け入れることはできない。すべてを含んでいるということは、私がいなくなった世界は何もなくなるということではないの?」

「私がいなくなるって、碧の体の死を指しているの?それとも肉体は存在していて、意識がなくなってしまうこと?」

私は、悩みます。

この時点で既に好きとか嫌いとかではない話になっているのですが。未来には何があるのかを私は知りたいと思います。

「残っているのは、人、人の意識とテレパシー、そして音楽と言霊」と、兄。

「2767の世界は、分離ではなく、全て一つのものの両対という考え方が主流だからね」

その後、兄は私にこの世界の真実を教えてくれました。

私はその時、何も感じることができず、しかし、今私はこの感覚が分かります。

全ては一つだと知ることではなく、すべては一つだと思い出すこと。

感覚的にわかってしまえば、知りたいという欲求はなくなります。

好きと嫌いは、本当は同じものなのに、私たちがそれをあえて分けている。

この世界はもともと半分なのです。気持ちも。行動も。人生も。愛も。

 

染井碧

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