今を生きる。この言葉が混乱を招いている。

染井碧です。

鏡を見て、わたしだ。と安心できますか?

それとも、鏡をみて、わたしではない誰かのように見えてますか?

時間に溶け込んだ感覚。一緒に時間と進んでいる感覚。ありますか?

それとも、追いかけられているような、もしくは、追いかけているような感覚でしょうか?

この世、最大の謎とも言える、今を生きることですが、みなさんはどういうことだと思いますか?

過去や未来に生きない。そのようなことは言われなくてもわかりますよね。でも、悩みは不安は今に生きてない証拠だとか、今この瞬間にあることで全ての悩みは無くなるとか。このような文章を見てしまうと、納得するものの、同時に、できないダメな自分の出現を許してしまいます。

私の世界観では、出来る出来ないというのは、ないと何度もお伝えしていますが、どうしても出来る状態になることを夢みて、出来ていない今と比較してしまいますよね。

そもそも、今にある、今に生きることは不可能です。改めて認識することは不可能だという意味です。

みなさんは食事をされて、胃に命令を出すために、どのくらいの量の胃酸を出しなさい、と考えますか?

お腹がすいたと、感じることはあっても、身体を運営する、意識とは違う何かの力をコントロールすることはできません。

今を生きてるという言葉を与えるならそれは、私達の身体をコントロールしているメカニズムにこそ、与えられるべきです。

私達の脳に、今に生きなさいと何万回言っても、そもそもが無理なことなのです。すでに、今に生きているわけですから。

今に生きる

今を生きる

この違い、どちらでもいいと思います。

出来る自分、出来ない自分、あの人は出来ていて、私は出来ない。そんな思考事にエネルギーを費やすよりも、毎日きちんと身体を守ってくれているチカラに感謝した方がいいと思うのですが、いかがでしょうか?

また、身体は借り物だという方、よくいらっしゃいますが、このような、意識至上主義な方に対しては、悲しみを覚えます。

身体も、意識も大事です。

両方を丁寧に取り扱うと、言葉で分かるのではなく、一体ということを感覚で体験できますよ。

染井碧

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